早稲田大学にはいりたかった
大学に入ってからですが。
うちの大学ではなく、違うところで活動し始めて。
早稲田の知り合いというのも増えるわけです。
絶対数が多いので、外で活動すると必ず早稲田のやつがいる。
あんまり、その時は早稲田についてはなんにも思っていなかったけども。
高田馬場で働き始めてから、早稲田大学がすごくいい大学に思えてきたわけです。
自分が知っている中では、一番自分に合ってると思う大学ではあると思う。
ある意味で、国立高校の匂いがしてるというか。
頭がいいんだけど、やってることはめちゃくちゃというか。
正直な話、自分は自分に自信を持っていると思う。
自分のやってることは間違っていないし、自分の能力を信じてると思う。
たぶん、国立高校はそういう人が多かった気がする。
実際に、国立にいたときはそんなこと考えなかったし、周りのやつは頭悪いなぁとか、思ったし。
まあ、周りから僕は頭が悪いと思われてたと思うし。
でも、国立高校にいて、自分に自信があるけども、この人には勝てないとか、勝ち負けじゃないけど、こいつはすごいっていうやつがたくさんいて。
正直、東京工科大学では、その感覚がない。
東京工科大学で、こいつには絶対にかなわないとか、そういう人にあったことがない。
まあ、そんなに人と話さないということがあるのかもしれないけども。
まあ、プログラミング能力がすごいとか、知識量がすごいとかっていうのはあるけども。
でも、尊敬するという人は全然いないし。
たぶん、3年間、東京工科大学に通って、自分自身、全然鍛えられなかったと思う。
実際、技術面とかの知識とかを付けて、社会にでて、そのまま働けるやつにはなったと思う。
でも、ふと気付くと、この3年間、東京工科大学というゆるい中にいたせいで、成長できなかったと思う。
中学も高校も周りにすごいやつがいて、自分よりすごいと思う人がいて、そのひとと対等にやっていこうとかっていうことをすごく考えてやってたと思う。
大学にはいってからは、それがなくなった。
早稲田の知りあいが増えて、気づいたことは。
会う人会う人、すごい人が多い。
まあ、年上の人がおおいというのもあるのかもしれませんが。
早稲田以外にもすごいひとはいるけども。
その比率が違うというか。
なんか、熱いし、おもしろいことを考えているし、それをやるだけ頭がよくて、実行できるし。
そういう人が周りにいる中で、もまれたほうが絶対自分も成長できたと思う。
まあね、うちの大学が悪いといっているわけではないし、うちの大学生から学んだことがないわけではない。
うちの大学生は、まじめで、確実に無理をしないでちゃくちゃくとやっていく感じ。
ハッキリ言って、僕みたいな人間からすると、面白みがないけども。
でも、その堅実さみたいなものが、集まって、日本の社会を支えているんだと思う。
今までの人生のなかで、そういう人がたくさん集まっているコミュニティに参加したことはなかったので。
それはそれでいい経験になったし。
リーダーとしてやっていくことの難しさも学んだというか。
まあ、でも、たぶん、自分には早稲田があってたのかなぁって思いました。
なんか、このごろ、自分について考えることが多くて。
基本的には心が曲がっているので、人と同じことはしたくないわけです。
負けず嫌いという言葉がありますが。
他人が勝っているのを見ると悔しいと思います。
ただ、その人を負かして、自分が勝ちたいとは思わない。
でも、自分も勝ちたい。
というわけで、その人とは違う方向で勝つという感じですかね。
一般的にはとか、社会ではとかっていうのが嫌いで、そういう常識を信じないというか。
まあ、なんで、今日はこんなことを書いているかというと、先ほどまでテレビで、爆笑問題と早稲田大学の学生と教授が、平成の突破力ということで話し合いをしていて。
まあ、面白いなぁと思って見ていたのですが。
まあ、個性をつぶそうとしてるとか、生きにくい社会だとかっていうことをみんなが言うわけです。
でも、自分は、そんなの関係ないって思ってるというか。
世の中には例外っていうのがあって、絶対に社会の平均になるわけじゃないわけです。
なので、突破力なんていうのも意味分かんないし、個性とか社会がどうのとか、自分には興味がない。
まあ、異常なまで、自信をもってるってことですね(笑
もともと、個性って言葉が嫌いで。
個性ってなんだよって思うわけです。
自分が今まで生きてきて、個性が潰されそうになってるとか、個性を伸ばそうとされてるとか思ったことがないわけです。
個性なんていうものを自分自身のなかで意識して生きたことがないわけで。
正直、実態を伴わない、言葉なんだと思っています。
まあ、自分の思ったことを実行にうつせないやつが、個性ということばを使って、個性をつぶされたって言ってるだけなんだと思っています。
他人の意見を聞くっていうのがどういうことなのかも、よくわからないし。
人の話を聞いたほうがいいということをいわれたりすることもあるのですが。
自分としては、自分の考えているものよりも、すばらしいものだと思えば、そちらの意見を採用するわけです。
それを納得できる論理があればいいのですが。
まあ、うちのサークルにもいますが、自分よりも、いいアイディアをもってる人はいます。
そういう人は、納得できる論理があるわけです。というより、僕が理解できる論理があるわけです。
自分の意見と、他人の意見で、両方とも大差がない場合は、確実に自分の意見を通したいタイプではあると思います。
たぶん、その時に、自分の意見を通すので問題になるんだと思います。
まあ、世の中の大半のことは、これに当てはまるんだと思います。
ある問題があって、それを解決するにはどうしたらいいでしょう?となったときに、自分の意見も他人の意見もさほど優位性は見つけられない。
たぶん、その状況で、他人の意見を優先する人は自分の意見に自信がないんだと思います。
まあ、書いてることがめちゃくちゃですね。
他人と違うことがやりたいというわりには、考えることは大差がなくて(笑
まあ、そういうことで〜す(高校でうちのクラスだった人向け)
まあ、いっか(うちの研究室の人向け)
(笑
うちの大学ではなく、違うところで活動し始めて。
早稲田の知り合いというのも増えるわけです。
絶対数が多いので、外で活動すると必ず早稲田のやつがいる。
あんまり、その時は早稲田についてはなんにも思っていなかったけども。
高田馬場で働き始めてから、早稲田大学がすごくいい大学に思えてきたわけです。
自分が知っている中では、一番自分に合ってると思う大学ではあると思う。
ある意味で、国立高校の匂いがしてるというか。
頭がいいんだけど、やってることはめちゃくちゃというか。
正直な話、自分は自分に自信を持っていると思う。
自分のやってることは間違っていないし、自分の能力を信じてると思う。
たぶん、国立高校はそういう人が多かった気がする。
実際に、国立にいたときはそんなこと考えなかったし、周りのやつは頭悪いなぁとか、思ったし。
まあ、周りから僕は頭が悪いと思われてたと思うし。
でも、国立高校にいて、自分に自信があるけども、この人には勝てないとか、勝ち負けじゃないけど、こいつはすごいっていうやつがたくさんいて。
正直、東京工科大学では、その感覚がない。
東京工科大学で、こいつには絶対にかなわないとか、そういう人にあったことがない。
まあ、そんなに人と話さないということがあるのかもしれないけども。
まあ、プログラミング能力がすごいとか、知識量がすごいとかっていうのはあるけども。
でも、尊敬するという人は全然いないし。
たぶん、3年間、東京工科大学に通って、自分自身、全然鍛えられなかったと思う。
実際、技術面とかの知識とかを付けて、社会にでて、そのまま働けるやつにはなったと思う。
でも、ふと気付くと、この3年間、東京工科大学というゆるい中にいたせいで、成長できなかったと思う。
中学も高校も周りにすごいやつがいて、自分よりすごいと思う人がいて、そのひとと対等にやっていこうとかっていうことをすごく考えてやってたと思う。
大学にはいってからは、それがなくなった。
早稲田の知りあいが増えて、気づいたことは。
会う人会う人、すごい人が多い。
まあ、年上の人がおおいというのもあるのかもしれませんが。
早稲田以外にもすごいひとはいるけども。
その比率が違うというか。
なんか、熱いし、おもしろいことを考えているし、それをやるだけ頭がよくて、実行できるし。
そういう人が周りにいる中で、もまれたほうが絶対自分も成長できたと思う。
まあね、うちの大学が悪いといっているわけではないし、うちの大学生から学んだことがないわけではない。
うちの大学生は、まじめで、確実に無理をしないでちゃくちゃくとやっていく感じ。
ハッキリ言って、僕みたいな人間からすると、面白みがないけども。
でも、その堅実さみたいなものが、集まって、日本の社会を支えているんだと思う。
今までの人生のなかで、そういう人がたくさん集まっているコミュニティに参加したことはなかったので。
それはそれでいい経験になったし。
リーダーとしてやっていくことの難しさも学んだというか。
まあ、でも、たぶん、自分には早稲田があってたのかなぁって思いました。
なんか、このごろ、自分について考えることが多くて。
基本的には心が曲がっているので、人と同じことはしたくないわけです。
負けず嫌いという言葉がありますが。
他人が勝っているのを見ると悔しいと思います。
ただ、その人を負かして、自分が勝ちたいとは思わない。
でも、自分も勝ちたい。
というわけで、その人とは違う方向で勝つという感じですかね。
一般的にはとか、社会ではとかっていうのが嫌いで、そういう常識を信じないというか。
まあ、なんで、今日はこんなことを書いているかというと、先ほどまでテレビで、爆笑問題と早稲田大学の学生と教授が、平成の突破力ということで話し合いをしていて。
まあ、面白いなぁと思って見ていたのですが。
まあ、個性をつぶそうとしてるとか、生きにくい社会だとかっていうことをみんなが言うわけです。
でも、自分は、そんなの関係ないって思ってるというか。
世の中には例外っていうのがあって、絶対に社会の平均になるわけじゃないわけです。
なので、突破力なんていうのも意味分かんないし、個性とか社会がどうのとか、自分には興味がない。
まあ、異常なまで、自信をもってるってことですね(笑
もともと、個性って言葉が嫌いで。
個性ってなんだよって思うわけです。
自分が今まで生きてきて、個性が潰されそうになってるとか、個性を伸ばそうとされてるとか思ったことがないわけです。
個性なんていうものを自分自身のなかで意識して生きたことがないわけで。
正直、実態を伴わない、言葉なんだと思っています。
まあ、自分の思ったことを実行にうつせないやつが、個性ということばを使って、個性をつぶされたって言ってるだけなんだと思っています。
他人の意見を聞くっていうのがどういうことなのかも、よくわからないし。
人の話を聞いたほうがいいということをいわれたりすることもあるのですが。
自分としては、自分の考えているものよりも、すばらしいものだと思えば、そちらの意見を採用するわけです。
それを納得できる論理があればいいのですが。
まあ、うちのサークルにもいますが、自分よりも、いいアイディアをもってる人はいます。
そういう人は、納得できる論理があるわけです。というより、僕が理解できる論理があるわけです。
自分の意見と、他人の意見で、両方とも大差がない場合は、確実に自分の意見を通したいタイプではあると思います。
たぶん、その時に、自分の意見を通すので問題になるんだと思います。
まあ、世の中の大半のことは、これに当てはまるんだと思います。
ある問題があって、それを解決するにはどうしたらいいでしょう?となったときに、自分の意見も他人の意見もさほど優位性は見つけられない。
たぶん、その状況で、他人の意見を優先する人は自分の意見に自信がないんだと思います。
まあ、書いてることがめちゃくちゃですね。
他人と違うことがやりたいというわりには、考えることは大差がなくて(笑
まあ、そういうことで〜す(高校でうちのクラスだった人向け)
まあ、いっか(うちの研究室の人向け)
(笑
- [2008/11/26 00:19]
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もっと受験勉強して上をめざせばいいのにって、、思っていました。(国高関係者です)やれば出来る子なのにね。
まあ、受験勉強をしたところで、そんなに上にはいけなかったとは思いますけど(笑
今も頭はおかしいですが、高校生時代はもっと頭がぶっ飛んでいたのでしょうがないですね(笑
今も頭はおかしいですが、高校生時代はもっと頭がぶっ飛んでいたのでしょうがないですね(笑
まわりがすごければもっと成長できたはずだ、というのは、誰もがそう思いがちですが、違いますね。
早稲田にいる人たちは、みんな、まわりにすごくできる人たちが多い環境で育ってきたのでしょうか?
一部にはいたとしても、違うと思います。
おもしろいことを考えられて、熱くなれて、実行力もある。
そこにいる人たちはまわりがそういう環境だったからそうなったわけではないはずです。
大学入学以前に、できる人がいない環境でもそう育っているはず、
つまりは数学帰納法的に考えれば、大学どうこうではないと思います。
まったく関係ないとはいいません。
早稲田にいる人たちは、みんな、まわりにすごくできる人たちが多い環境で育ってきたのでしょうか?
一部にはいたとしても、違うと思います。
おもしろいことを考えられて、熱くなれて、実行力もある。
そこにいる人たちはまわりがそういう環境だったからそうなったわけではないはずです。
大学入学以前に、できる人がいない環境でもそう育っているはず、
つまりは数学帰納法的に考えれば、大学どうこうではないと思います。
まったく関係ないとはいいません。
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